アーマードコア4 鴉〜No RAVEN No LYNX〜


第四話……弾丸


重厚な足音がドイツの黒い森をざわめかせる。
分厚い装甲と、両手両肩、両背面に大火力の装備。
濃緑色をベースに迷彩塗装を施されたAC。G.Aアメリカが保有する新世代型リンクス、ダニエル・シルバーバーグが駆るネクスト、ローレルである。
本拠アメリカからの指令により、彼は元G.Aヨーロッパの拠点としていた施設の制圧に向かっている。
最大の激戦区である欧州を押さえることが、終戦後のイニシアチブにつながることは明白である。抵抗勢力や他の企業に押さえられる前に、自社による欧州制圧のための拠点を確保することが、G.Aにおける最優先事項であった。
ダニエルのAMS適正は程よく、精神の安定度も高い。彼は候補生や脱落者からの起用ではなく、登録待ちのまま先の混乱を終えてしまっただけの、優秀なリンクスである。大事を考えて投入を急がなかったG.Aアメリカの良判断によって、現在のリンクスの中でも最高位に近い実力を持つ。
だからこそ、欧州制圧の第一歩とも言える重要な任務を任されていた。
右手にグレネード、左手に携行ミサイル、左背面に連発型ミサイル、左背面には広範囲作的レーダー、両肩に連動ミサイルを装備した銃火器の塊である。全身を形作るパーツはG.A社自慢の鋼鉄の物理装甲で固められてなお、ノーマルを上回る高速機動性を保っているという恐るべき火薬庫である。
G.Aヨーロッパの崩落後、拠点に残っているのはわずかな勢力のみである。人員の回収には成功していたが、拠点の制圧は、まだアクアビットなどの企業との戦いが終了していなかったため、後手に回っていた。
事態の成り行きを腰を据えて静観していたG.Aだったが、このたびようやく重い腰を上げたというわけである。
森林を地鳴りを上げて突き進むローレル。その歩みに躊躇いや迷いはない。重厚にして鈍重、威風堂々たる歩みである。
しかし、非常に広範囲をカバーするローレルのレーダーに、敵機反応が示される。
それは感知範囲ギリギリのはるか遠方である。相手の索敵範囲を考えて、遠距離で移送機から降り、その後は徒歩での隠密行動に徹していたが、奪還すべき拠点はまだ先である。こんな所で敵機に遭遇するはずはない。
敵方の索敵部隊だろうか。いや、それにしても遠すぎる。何より、敵機を感知したのは目的地とは真逆の方向だ。どこかの勢力が、自分の降下した形跡を察知し、追いかけてきたという可能性ならばある。
戦闘はあまり好ましくない。ここまで敵に気付かれずにやってきたのだ。派手な戦闘を行えばすぐに向こうにも気付かれるだろう。あいにく、ローレルは派手な戦い方しか出来ない機体である。何とかやり過ごす方法はないだろうかと思案し始めた時、恐るべき事実に気付いた。
敵機の移動する速度である。
先ほどまで索敵範囲ギリギリにいたはずが、すでにその距離を半分近くまで縮めている。CPUが出した推定速度はマッハ2.2。戦闘機ならばあるいはと考えるが、感知した質量は明らかにACクラスだ。
そして現在も驚愕の速度でこちらへ一直線に向かっているのだ。相手は完全にこちらを捕らえている。
戦闘は避けられない、瞬時の判断で腹をくくり、ダニエルは機体を反転させた。
脳内に送り込まれる情報に神経を集中し、FPSが相手を捕らえ次第、弾薬を叩き込む。そう決めていた。
だが――
砂粒ほどに目視できる距離まで来て、敵機はさらに加速した。
音速戦闘機などというレベルではない。あれではまるで重力脱出用のロケットだ。
その驚愕に目を見開いている間に、敵機は目の前に迫っていた。迫っていた、と知った時にはすでに遅い。
激突――
超重量を誇るローレルより、さらに巨大な鉄の塊が大激突である。
コジマ粒子の防御壁などシャボン玉のように割り、自慢の重装甲は紙くずのようにひしゃげた。
まるで砲弾である。
コックピットの内装が内部を圧迫し、肉と骨をつぶしていく中でダニエルは一言――
「馬鹿な」
と、つぶやき、サンドイッチにはさまれたスクランブルエッグのような、人でもなんでもないものに変わった。
それは人間の知覚できるかぎり、一瞬の出来事である。
ローレルが振り向いた次の瞬間、巨大な何かの影がかすめ、ローレルの五体はバラバラに吹き飛んでいた。
自動車事故実験で犠牲になる、哀れな木偶人形のように、である。
搭載していた火器が、ショックで爆発を起こした。その爆炎すら、それが通り過ぎた風圧でかき消される。
後には――何も残らなかった。
ダニエルが今際の言葉を放つときに見た、それ。
それは、紫紺の人型を乗せた、何か、だった。


「―――――――――!」
声にならない声を必死で上げているのはクロウ・ミナモト。
紫紺のAC、義経を駆るレイブンでもリンクスでもない男である。
どうやら、機体の揺れや、緩衝材入りのシートにくっきりとめり込んでいることから察するに、彼の体には加速度によるとんでもないGがかかっているらしい。
彼は義経のコックピットの中で、必死に操縦桿を制御し、わずかに手前に引く。
急減速。
むちうちを起こしそうな勢いでクロウは前につんのめった。次いで背中をシートに叩きつけられ、激しく咳き込む。
荒い呼吸――強力なGを全身で受けていたため、肺が圧迫され、呼吸が困難になっていたらしい。
「どうかね?」
通信機の向こう側から、やけに上機嫌な男の声が聞こえる。義経の開発者であるジョンブル・両だ。
「……駄目だこんなもん!」
しばらくは必死に呼吸していたクロウだったが、一度大きく息を吸い込んでから罵声を搾り出した。
「何が駄目かね? 設計通りの加速、機動性は確保できているはずだが」
「うるっ……せえ、ちょっと待て……意識が、吹っ飛び、そうだ……」
呼吸を整えるために、深呼吸を繰り返す。同時に、脳に回らなかった酸素を確保し、失神しそうな自分を何とか律する。
モンゴルでの戦闘よりさらに一ヶ月ほど前、彼らが根城としている山岳部の上空。義経の性能テスト中の出来事である。
「……まったく、何を考えてこんなもん作りやがった。一番先に言っておくが、これは人間の乗るモンじゃねえ!」
「むぅ? 理論上は操縦者への負担も許容域を確保してあるはずなのだが……」
「ッ手前! そりゃ絶対ギリギリのラインを選んだろ! 三十秒も動かせたのが奇跡に思えるぜ!」
「……ふーむ、ギリギリだと駄目なのか。いやすまない。あまり対人での実験はやったことがないもので」
「ホントにそうなのかよ!」
「しかしまあ、絶対安全域を確保して相手になるものでもなかろう? ネクストという相手は?」
「それにしたって、まずは慣らしってもんを考えるだろうが! これだから技術屋は……」
クロウはコックピットの中でヘルメットを外し、深いため息をついた。
「まあ、色々考えよう。それに、義経自体もまだ改良の余地はある。コクピット周りの緩衝システムを改良すれば、そのアタッチメントシステムも十分に性能を発揮できることだろう」
アタッチメントシステム……外部装備換装システム。
武装の持ち替えが可能であることは、ACにとって常識である。武装ばかりでなく、手足、頭部、本体であるコアすら組み替え、思うが侭に機体を組み替え、ミッションに最適な形で挑む。それがACの特徴の一つである。
だが、見た限り義経のそれは手足の交換といった類のものではない。
義経は、紫紺の身体を一つも組み替えることなく、何かにまたがっていた。
それは誰が見てもこう答えたであろう。
「馬」
鋼鉄の馬である。馬の胸から首にあたる部分は、騎乗しているACの前面を守るシールド状であり、なおかつ前面の敵を貫くように鋭く尖っていた。前足も騎乗したACの脚部を被うように膨らんだ形状になっており、蹄の部分からはホバーブーストが噴かされている。後ろ足と尾は翼状になっており、前方への推進器、方向転換のための尾翼、といった具合だ。
「もうひとつ言わせてもらうがな……ああいうのはアタッチメントとはいわねえんだよ」
ACから降り、いつもの整備員休憩所で清涼飲料水を一息に飲み干したクロウは壁にもたれかかっている汚れた白衣の男にぶつぶつと文句を言った。
「まあ、そこはそれでいいじゃないか。これはあくまでもACで、ACの規格で考えるならばこれは換装パーツなのだよ」
「機動性を高めたいなら、新しい脚部でも作ればいいだろうが」
「しかし、AC用の脚部では私の考える水準の機動性は確保できない。特に、人間的可動域と性能を突き詰めた義経にいたっては、瞬間的な速度ならばどのACより上だが、長時間その速度を保ち続けるには無理がある。短距離のアスリートがマラソンを走れないのと一緒さ。通常規格のACならば、総合力を求められ、ある程度の長距離はこなせるが、義経は陸上選手ではなく、格闘家をコンセプトに作られているからね」
「馬ッ鹿馬鹿しい、兵器に格闘なんぞやらせてなんの役に立つ」
「役には立つさ。矢尽き刀折れたその時、使えるものは五体の技術だ。道を究めた格闘家というものは、存在そのものが兵器なのだよ」
「へいへい……あんたが格闘技フェチなのはよーく知ってる。で、今度はなんであんなものを作ったんだ?」
そう言ってクロウは可動終了してもバーニアから陽炎が出るほどの熱を放つ「馬」を指さした。
「言っただろう? 義経では長距離の移動には適さない。だからこそ長距離を移動するための、「脚」が必要となるわけだ。そこで、私は思いついたのだよ。かつての剣豪達。彼らが戦場に駆けつけるとき、何を用いていたか。そう、つまり」
「AC用の馬って……そういう結論に至ったわけか……」
心底うんざりしつつクロウはため息をついた。
「そういうことさ。もともとの機能を失わずにさらに何かを成し遂げようとするなら、道具を用いる。人間の知恵の結晶だよ。あれのコンセプトとしては、高速移動、起動が可能な操舵あるいは自立戦闘型、義経専用専用キャリアー、及び補給援護装置、という位置づけになる」
「自立戦闘?」
「そうだ。義経を背に乗せていないときはAIによる自動援護行動を取る。無論、自衛手段として武装も積んであるし、それは義経騎乗時も操作可能だ。まあ、一番の攻撃方法としては、高速移動からの大質量によるシールド突撃になるわけだが、ある程度の火器兵装も積んである。味方と武器が一度に増えたと思ってもらえればいい」
「はん、AIねえ。そいつは間違って俺を轢いたりしねえんだろうな?」
「保障はするよ。竜馬は義経にとって最強の味方だ」
「……竜馬ね」
あいかわらずこいつのネーミングセンスはひどい、とクロウは心の中の呟きを抑えた。
「ああ、それから騎乗時は日本刀型ナノスライサーは使わんでくれよ。通常時の動作と違って、完全に制動できているわけではないからな。微細なブレがあるだけで簡単に折れてしまうんだ、あれは」
「摩擦面積と擦過速度による切断……そのために刃を極限まで薄くした鉄の刀、か。まったく、悪い夢を見ているようだ」
クロウは両に背を向け、壁にもたれかかりながら歩いていく。
「現実だよクロウくん。これは現実だ。現実はここまで進歩したんだ。それを誰が認めずとも、私が知らしめる。人間はここまできたのだと、企業同士の馬鹿馬鹿しい戦争が続く世界に、思い知らせてやるのだ」
両の呟きは誰に届くこともなく――いや、最初から独り言だったのかもしれない。
いまや、彼の夢見た世界は、現実のままにこの世界にある。発達し進歩を緩めることのない科学技術。
それは彼の想像する世界を作り上げつつある。いや、彼はそれを自らの手で作り出そうとしている。その世界は、きっと誰もが科学の恩恵にあずかり、それを作り出した人間の凄さを知り、人間という種の特性を再確認できる世界。
科学の崇拝者。そして人間の信奉者。ジョンブル・両。
この華僑の男が夢見る世界を、切り開くための剣はそんなことには興味がない。……だが、両はクロウならばそれを成し遂げられるのではないかと、根拠のない信頼を寄せていた。
それは、彼が今まで見てきたレイブン、リンクス、あらゆる戦士たちとの対話、その経験の中で磨かれた人物観を元にした――勘に過ぎない。
戦って斃して、奪い、生き残ることだけに執着する野卑な男。
彼はきっと、純粋な戦士だ。
それだけは両のなかに、核心として存在していた。


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