涼宮ハルヒは二度死ぬ

小春日和、うららかな昼下がり。
眠くてしょうがない午後の授業を受けながら、キョンは小さく欠伸を漏らした。
(つまらねえ)
大多数の人間がそうであるように、興味のない授業、成績の悪い授業はつまらない。
できないからつまらない。
解らないからつまらない。
成績のためとはいえ、そんなことに努力を費やすのが非常に馬鹿らしく思える。
(できる奴はいいさ。できる奴はな)
そう思いながら、なんとなく視線をめぐらせる。
キョンの無関心さに比例して熱心に教鞭を振るう教師。
表面上はまじめに勉強しているようにみえる生徒たち。
なにひとつ代わり映えのしない授業風景だ。
画一化された風景がまた、キョンの退屈を誘う。隣の席のハルヒを見ると、やはり同じように退屈しているようだった。シャーペンを二本の指で振っている。ペン先は行ったり来たり、時には円を描き、時には持ち主のほおをつついたりしていた。
「つまんない……」
非常に小さく、ボソッと呟く声が聞こえた。
「格闘家でも攻め込んでこないかしら」
その言葉にキョンは思わず頬杖をついていた顔を、机にダイブさせた。
なぜ格闘家?
(それなら野犬でも紛れ込んできたほうがまだマシだ。まあ、どっちにしろ問題があるにはちがいないが)
それこそが、彼女が望む非日常的な光景なのだろうか。
苦笑、というには呆れが多分に含まれた引きつった笑みを、キョンは顔に貼り付ける。
実際にはそんなことはありえない。だからこそ、普通なら冗談ですむのだが。彼女が口にする言葉に冗談はありえない。
そして彼女が口にした言葉は……
「焚・波(フン・ハ)ッ!」
その時、突然何者かの声が聞こえた。
声、というよりは掛け声。
掛け声、と言うよりは気合。
いわゆる怪鳥音(けちょうおん)と言う声だった。
つづいて轟音。
何事かとクラスの全員、いや、校庭側に面した教室にいる全員が、音の原因である校庭の奥、校門の方を凝視する。
そこには閉じられた校門に拳を打ち付けている男の姿があった。
「憤(フン)ッ!」
柵状の校門に掌底が打ち込まれる。
それだけで鋼鉄製の校門が飴細工のようにへし曲がり、ふわりと宙に浮いた後、轟音と共に地面に叩きつけられた。
全員が唖然としてその光景を眺めている。
男は素手だ。
素手で校門を破壊し、今まさに校庭に踏み込んできている。
「なんじゃ……ありゃあ……」
かすれた声でキョンは呟いた。
「格闘家ね」
目を輝かせて断言するハルヒ
「いや、格闘家って……」
さすがにあれは規格外だろう。素手で鋼鉄の校門を破壊できる人間など、格闘家とはいえ、人間ではない。
「だって、どうみても格闘家でしょ、アレ」
ハルヒが指差した先に、あの男がいる。
筋骨隆々とした上半身は裸、下半身は道着らしい黒いズボン、肌の色は褐色、顔の造作からみるにアジア系、長い黒髪は三つ編みに纏め上げられている。
「中国拳法かなぁー」
嬉々とした表情と声でハルヒは予想する。
そうこうしているうちに男は校庭の中ほどまで進んでいる。
そこに、状況を確認しにやってきた教師たちが駆けつける。
男に向かって何事か叫んでいたが、男の腕がふっと消えたように見え、次の瞬間には教師たちは気絶してその場に倒れこんだ。
校内の所々から、歓声と悲鳴が上がる。
その内、キョンは悲鳴を上げたほうであり、ハルヒは歓声を上げたほうである。
男は歩く速度を緩めることなく、静かにゆっくりと校舎に向かって進み続ける。
「け、警察……」
教師やクラスの何名かが携帯電話を取り出して、思い思いのタイミングで110番を押す。しかし……
「つながらないぞ!」
「こっちもだ!」
どうやら電話がかからないらしい。しかも慌てている教員の様子から見るに、職員室などにある固定電話すらも回線が途切れているようだ。
「いったいどうなってんだ……」
混乱のさなかにあるキョンは、ふいに自分の制服の袖を引っ張る手に気づいた。
長門?」
ふりかえるとそこにいたのは長門――自称、宇宙人の有機体コミュニケーションデバイス(アンドロイド)――だった。
「どうした?」
「この事態について、説明が必要かと思って」
「何が起こってるのか、わかるのか?」
周囲に気取られないよう……小声で会話するキョン長門
「私に解ることは、この学校全体が通常の空間からずれて、非常に不安定になっていることだけ」
「……つまり?」
「今いるここは異空間。ある意味異世界みたいなもの」
異世界!?」
キョンは正直驚きを隠せなかったが、自然と高くなる声を落とすことには成功した。
「恐ろしく不安定……というより不確定。あらゆる可能性と平行世界にチャンネルと回線を開いて、全てをこの学校に取り込もうとしてる」
「要するにどういうことなんだ?」
キョン長門の説明だけでは理解に至らない。
「何でもありになるってこと」
今まででも十分何でもありだった気はするが、今はそれ以上の状態になっていることだろうか。
キョンは頭を抱える。
「これも、ハルヒの力か?」
「おそらく」
長門の答えに、キョンは鉛のようなため息を吐く。
「大丈夫、あなたは守るから」
「ん、ああ、ありがとうな。長門
長門の特になんの意識もしていない言葉に、ついキョンは赤くなる。
「あ」
突然、長門が変な声を上げる。
「どうした」
「涼宮さんが未確認人物と接触
「何!?」
キョンはとっさに窓の外を確認する。
すると確かに、死屍累々と横たわる教師たちを踏み越え、ハルヒがあの男に接近しようとしていた。
ハルヒ! 戻って来い!」
「大丈夫、大丈夫!」
校庭の向こうで手を振ってキョンに答えるハルヒ。とうとう、男の前に立ってしまった。
「君は?」
男は目前で目を輝かせんばかりに見開いている少女に声をかけた。
日本語で話しかけられるとは思わなかったのか、ハルヒは一瞬驚く。
コミュニケーションが取れるかどうかも解らないのに、どうして近づいたりしたのだろうか。
「え、−と。あたし、涼宮ハルヒ。あなたは?」
「烈」
「れつ?」
烈海王と呼ばれている」
三つ編みの中国人は、そう名乗った。
「大丈夫なのか」
「会話は成立しているみたい」
その様子を遠巻きに眺めているキョン長門
だが、二人はもう一人校庭の男に向かって歩いていく人物を確認していた。
それは一人の男子生徒だった……が、キョン達には、なにか違和感がある。
そう、制服がこの学校のものとは違う。
その学ランの少年に気付いた烈は驚きの声で少年を呼んだ。
「バキ君」
「烈さん……」
「え? 何? 知り合い?」
一人、会話の輪から外れたハルヒが疑問の声を上げる。
「烈さん、どうしてここに?」
「……何か。とてつもなく強い何か。そんな存在に惹かれて歩き続け、たどり着いた。君こそ、ここは君の学校ではなかったはずだが?」
「いやぁ……授業中、居眠りしちゃって。目が覚めたら、知らない教室でさ」
バキと烈、二人の周囲に近寄りがたい空気が発生する。
「ねえ、あたしの話をきいてってば!」
しかし、毎度のことのように周囲の空気を読まずに発言するハルヒの事。二人の間に割って入る。
「この子は?」
「いや、さっき会ったばかりだが……」
そこで、唐突に二人は会話を区切って思い思いにその場から飛び退る。ハルヒは烈が抱えていった。
さっきまで三人が立っていた空間がゆがんでいた。
周囲にスパークを撒き散らしながら、時空が切り裂かれる。
その裂け目から、新たな人物が登場する。
全身を黒いスーツで覆った、東洋人。
その男は素人目にもわかるほど、恐ろしい殺気を放っていた。
「誰だい……アンタ?」
バキが問いかけると、東洋人は静かに口を開いた。
「俺は、ザ・ワン(たった一つの存在)だ」
「なん……」
だと、と聞き返す前にザ・ワンが動いていた。
一瞬で間合いをつめて、バキの顎にきれいな回し蹴りを叩き込む。
漫画のようにバキの身体は空中でぐるぐると回転したあと、地面に叩きつけられる。
「阿(カァ)ッ!」
ハルヒを放した列の崩拳(中断突き)がザ・ワンを襲う。
しかし、ザ・ワンは恐るべき超反応と速度でかわし、身体をひねらせて右の拳でカウンターまで打ってきた。
ザ・ワンの拳が肩口にヒットし、一撃で烈の肩は脱臼する。
「グゥッ!」
獣のような唸り声を上げて、烈は痛みに耐える。
烈も十分人間離れしていたが、この男はさらに上を行っている。
「現存する271の平行世界に住む自分、ちがう可能性を持つ自分を殺すことで、残った自分の能力を飛躍度的に高める」
もともとザ・ワンは、平行世界を管理、監視、観測する機関に勤めていた男である。
平行世界にいる自分の同一存在を消滅させることで、残った世界の自分の能力が上がる。その法則に気付き、唯一の存在になろうと陰謀を企て、とうとう自分を含めて二人まで存在を減らしたのだが、もう一人の自分に敗北し、重犯罪者が送り込まれる人工の監獄平行世界に送られたはずの男である。
しかし、何の因果か、彼はこの世界に送り込まれてしまったのだ。
「この世界の支配者になってやる」
ザ・ワンハルヒを見る。
彼にはこの世界に影響を与えているのが何ものか、解っているのだ。
「なに? ちょっと、危ない目でこっち見ないでよ」
ハルヒは自分にめがけて歩いてくるザ・ワンに危機感を感じ、後退る。
そのザ・ワンの後頭部に蹴りが加えられた。
最初にKOされたと思っていた、バキだ。
烈も自分で肩を嵌め直し、ザ・ワンを睨みつけている。
「烈さん、二対一だけど……」
「私は一向に構わん!」
「話が」
そう言うと同時にバキと烈は走り出していた。
「わかるッ!」
叫ぶかのような言葉と共に繰り出されたバキの右フック。そして烈の左足。
それらは同時にそれぞれザ・ワンの顔面と腹部にクリーンヒットしていた。
間髪いれずにバキは左ハイキック。烈の崩拳が叩き込まれる。
しかし……ザ・ワンは攻撃を受けながら、笑っていた。
「まっず〜」
引きつった笑いで呟きをもらすバキ。
次の瞬間にはバキの左足と烈の腕は掴み取られ、二人とも宙に放り投げられていた。
烈、バキ、共に重力任せに地面に叩きつけられる。
が、格闘技を修めた二人は上手く受身を取り、反動で立ち上がる。
そんな二人をザ・ワンは邪悪な笑顔でねめつけていた。
「死ね」
短く呟くと同時に、ザ・ワンが襲い掛かる。
バキと烈は対抗するものの、防戦一方、押される一方だ。
「なんなのよ、これ……」
「なんなんだ、これ……」
場所は離れていたが、キョンハルヒは同時に同じ言葉を言った。
「あたしが欲しかったのは、こんなんじゃない……」
ハルヒが思い描いていたのは、あくまでヒーロー的なイメージの格闘家だ。
こんな理不尽な暴力を撒き散らす存在など、一片たりとも希望してはいない。
「だれでもいいから……」
顔をうつむけたまま震えるハルヒ
「あいつを倒しなさいよ!」
伸ばされた人差し指がザ・ワンを指す。その相貌は圧倒的な怒りに燃えていた。
瞬間、また時空を切り裂いて新たな人物が登場する。
黒いコート、短い黒髪、長身の白人だった。
先に現れた三人に比べれば、意外と普通だったかも知れない。
その両手に握られた、二丁の拳銃を除けば。
「離れて!」
ハルヒの叫びに、バキと烈の二人が反応する。
二人のいた空間を貫いて、銃弾がザ・ワンを襲う。
しかし、ザ・ワンは銃弾すら空中でつまみ、止めて見せた。
バキ、烈、白人の男が並ぶ。
白人の男は二丁の拳銃を、拳法の型のようなポーズで構えている。
それはガン=カタと呼ばれる戦闘スタイルだった。
言葉はなくとも、三人は息の合ったコンビネーションを見せた。
バキが殴り、烈が蹴り、白人が撃つ。
白人が銃把で殴り、バキが蹴り、烈が空気弾を撃つ。
なお、それでもザ・ワンの優位は揺るがない。
その絶対的優位が、彼に背後の隙を与えた。
彼の背後にはすでに第五の男が出現していたのだ。
空手の道着のようなものを着たその男は、凶器でザ・ワンを刺し貫いた。
「あれはもしや、カブメイ・マスター」
「知っているのか、長門!」
「カブメイ。竹を斜めに切り、切り口を竹槍のようにした短刀を武器とする格闘技。その信条は、一撃必殺」
「たしかに刃物使えば一撃かもしれんが……もっと心臓とか頭とか、急所を狙ったほうがいいんじゃないのか?」
「補足として」
「え?」
「カブメイ最大の特徴として、空洞の竹筒の中に火薬を詰め込んであり、相手を刺した後、ピンを抜くことで爆発」
「は、反則だ!」
キョンは背後で何かが爆発する音と、血と肉がはじけ飛ぶ生々しい嫌な音を聞いた。
生理的嫌悪から思わず目を閉じ、おそるおそる目を開けてそちらを見る。
すると、そこにはもう、異世界の格闘家たちの姿はなく、血まみれで立っているハルヒと、足元で眠ったままの教師たちだけ残されていた。
ハルヒ!」
周囲に妙な男たちが見えなくなったからか、キョンは教室の窓から乗り出し、ハルヒの元に走る。
「大丈夫か?」
「う、うん……目の前で内臓飛び散ったのは流石にキタけど」
怪我はないようだ。キョンは安堵のため息をつく。
「なんだったんだろうな……アレ」
「格闘家よ」
血まみれの顔で誇らしげに断言しなおすハルヒ
「いや、わかってるんだけど……なんだったんだろうな」
どうやら元の世界に戻ったみたいだ。校内から聞こえる歓声から鑑みるに、電話も通じるようになったらしい。
それにしても、現実離れした出来事だった。
中国拳法家に、高校生拳法家。謎の最強男に、二丁拳銃男、極めつけは反則凶器男だ。
信じがたい……いや、信じられない。
夢か幻を見ていたような感覚をキョンは覚えていた。
しかし、校庭に転がった教師たちと、破壊されたもの言わぬ校門だけが、現実を物語っていた。




アトガキ
描き終わって気付いたけど、タイトル関係なかった。
というか、全部ノリで描いてた。ムシャクシャしてやった。
今は反省しているいないいるいないいるるやんかしゅ。
シグルイライブ・ア・ライブも含ませたかったけど、ネタが浮かばなかった。
ガン=カタとカブメイは前々からネタとして使いたかったんだけど、描写がいまいちだったので機会があったらまた使います。
そして再三いいますが、私、涼宮ハルヒを読んだ事はありません。
キャラの性格とかは完璧に私の想像です。イメージです。先入観です。
この作品で涼宮ハルヒへのイメージに対して、いかなる影響を被ろうとも、私は一切責任を負いません。
悪しからず。