アーマードコア4 鴉〜No RAVEN No LYNX〜

二話……士魂のAC


戦場となっていたモンゴルの平原から離れ、中国の中心部近い山岳地帯。
そこに一台のVTOLが、あの紫紺のACを吊り下げて侵入していく。やがて山岳地のそこかしこに近代的な施設が見え隠れし始め、その中でもひときわ大きな軍事基地に着陸する。
ワイヤーを外し、VTOLは別の場所へ飛んでいった。ACはゆっくりと歩きながら滑走路を進み、戦闘機が格納されている地下への入り口に入る。
奥にはAC用と見られるハンガーが敷設してあった。元々は戦闘機用だったものらしいが、今ではそこに一台の飛行機もない。このACのために、大幅に改装されてしまったようである。
ACがハンガーにおさまり、コックピットハッチが開く。
昇降用ワイヤーに捕まって降りてきたパイロットは、白いノーマルスーツを着込んだ男だった。片手でワイヤーを握りながら、もう片方の手は胸元を押さえている。
地面に到達するや否や、彼は一目散に駆け出した。どこかを目指しているのだろうが、その足取りはふらつき、つかれきっている。
やがて、先に進むことを諦めたのか力なく壁際により、慌てた様子で気密ヘルメットの封を解く。空気が外に漏れ出す小気味のいい音が響き、次いで投げ捨てるようにヘルメットを脱いだ。そして地面にひざまずくと腹部を蠕動させ――
嘔吐。
気色の悪い声と音。
ハンガーの中にいた整備員達はすっかりなれたものなのか「今日は間に合わなかったな」とか「あーあ、また床掃除か」というようなことを囁きあいながら、ハンガーに収められたACに向かって歩いていた。
パイロットのほうはというと、胃の中身を吐き出しきってさらに反吐を吐いた後、ようやくおさまったのか荒い呼吸を繰り返していた。
そこに近づく人影。
「見事だったねえ」
「……ゲロが?」
いやみったらしいのか、躁の気でもあるような上機嫌な声で話しかけてきた男に、パイロットは皮肉を返した。
「馬鹿、戦いぶりだよ。これでテスト時も含めて被弾率0記録を更新だ。すばらしいねえ」
「……は、あれを作った自分がすごいとでも言いたいわけか」
パイロットは壁に寄りかかりながら、なんとか立ち上がる。
「いやいや、結局はあれを動かせる人間の仕業さ。兵器は兵器、道具は道具、猫に小判は無用の長物、馬鹿とハサミは……ああ、これはいいたとえではなかったね」
舌打ちでパイロットは返事をした。
「まったく、いつもいつも思うがな、なんなんだアレは。あれでACなのか?」
「ACさ。ACだよ。私がそう作ったんだから間違いない。そうだろう、クロウ・ミナモトくん?」
どこがだ、という反論は小さく、壁から離れてふらふらと歩き出す。
「大丈夫かね? あれに乗っている負荷はそうとうなもののはずだが」
「それがわかっているなら、もっとアフターケアに気を遣って欲しいもんだ」
「ふむ、たとえば?」
「……降りたあとすぐのゲロ袋。あと、水。それから不愉快な顔で近くに寄ってくる開発者を遠ざけること」
「ははぁ、なるほどわかった。用意させよう。ちなみに、最後のそれは私にいっているんだよね?」
「みなまでいわなきゃわからんか」
「だがね、私にはあれを設計した以上、その成果を聞く権利があるわけだ。そして君には話す義務がある。絶えず問題点を挙げ、絶えず対処し、より完璧に近い状態に仕上げたい。それは君と私の共通の目的ではないかね」
「あんたのだけだろ」
パイロット――クロウ・ミナモトと呼ばれた男は、整備員詰め所の扉を開け、テーブルの上に飲料水のボトルを見つけると口をあけて一気に飲み干した。
「いやいや、私もね、こんどこそアメニティに着目して改良を施そうかと考えているわけだよ。毎回、出撃と帰還のたびにそれでは、君の体が保たないだろう?」
「じゃあ、まずあのクスリを止めろ。乗り心地はともかく、あのクスリが一番こたえるんだよ」
そういいながら、クロウは堅いソファに仰向けに倒れこんだ。
「それは出来ない相談だね。あれを使わなければ、義経はでくの坊と化す。薬で脳の伝達速度を上げているからこそ、あれを自在に扱えるんだ。わかっているだろう?」
開発者――油まみれの白衣を着て、黒髪を綺麗に七三に分けた彫の深い男は、窓から見えるハンガーに収められた紫紺のACを見つめながら呟いた。
「他にないのか? もっと副作用を抑えたような奴とか」
「残念ながら薬学は私の専門外だ。もう少し戦果を上げれば、国に専門家を陳情できるかもしれないな」
舌打ちを鳴らして、クロウは目を閉じ、大きく息を吐いた。
「くそ、なんで俺はあんなのにのる羽目になっちまったんだ」
あんなの――あの紫紺のAC。
開発者の言葉を借りるならば、あのACの機体名は義経というらしい。
歴史上の源九朗義経を思い出せば、だれにあやかった名前かはすぐにわかるだろう。
それを揶揄される度にクロウは「俺の字は源じゃなく水元だ」と反論している。
「繰り返していうけどよ、あんなのはACじゃねえ。動きが人間的すぎる。無駄なまでに人間の動きを再現してやがる。あれで兵器のつもりか?」
「もちろんだ」
開発者は力強くうなずいた。
「いうまでもなく、ACは兵器だ。だからこそ運用にあわせて逆関節、四脚、無限軌道、様々な形状をとる。人間の形にはこだわらんというわけだ。だというのに、腕も頭もある。これでは中途半端だろう?」
「……なんの話になってるんだ?」
「ACというものの定義についてさ。ACとはいったいなんだね?」
「大火力積載、あるいは高速機動を目的とした人型兵器……? ちがうな、人間の形を採ることで人間の利点を応用する……武装交換を最大の特徴として……あぁ、くそ。疲れてるんだ。無駄に頭を使わせるな」
「はっはっは、それはすまない。だが、言っていたことはあながち間違ってはいないよ。だがね、違和感を感じないかな? なぜそうまで人型にこだわるのだろう。人の使う武器を巨大化して持たせるため? いやいや、それなら完全に武器化した腕もあることだし、それにこだわる必要はないだろう? 二本の脚であらゆる悪路を走破する? 浮遊しての高速機動を主な移動手段としている機体が何をいうかね。センサー類を詰め込んだ頭? おいおい、わざわざ相手に狙いやすい形をとることもなかろう? 兵器であるということにこだわれば人型である必要性など、まったくないわけだ」
戦車でも、戦闘機でも、ACの技術を転換すれば、似たようなものは作れるのだ。
「だが、ACは人型兵器だ。何をそこまでこだわったのかはわからないが、まあ結局は見た目というやつだろうな。二足歩行の鉄の巨人が戦う。ある種の理想の具現だろう。軍事的なプロパガンダの象徴としても有効かもしれない。おそらく、人間には刷り込みが仕込まれているんだろうな。最強の兵器は人間の形をしているものだと」
クロウはなんとなくわかるような気もしたが、疲労による脱力感のほうが大きい。すでに答える気力もうせていた。
「聞いているかね? しかしだ、せっかく人の形をしているというのに、その進化のベクトルは戦車や戦闘機などと変わりしない。より早く、より堅く、より大火力に、燃費や発熱を押さえ、出力はうなぎのぼり。夢の人型兵器がそれではつまらないだろう? 腕は射撃精度のためだけに特化し、軽量級のACは脚など姿勢制御用にすぎん。今のネクストなどは、兵器として進化しただけのACにすぎない。そこでだ、私は考えたわけだよ」
大仰に腕を広げて、今にも寝息を立てそうなクロウに語りかける。
「はたして、人型兵器として進化したACとはどんなものか、とね。兵器としてだけではない。人型にこだわるならば、人型の兵器として。最高の技術をふんだんに惜しみなく注ぎ込んだならどういうものが出来上がるのか。人間的な動作を保ちつつ、超越的な性能。人間と同じでありながら、ただの人間よりも柔軟な関節の稼動域。視聴覚においては人間に見えない赤外、紫外線域までをカバー。何より、人間とまったく同じ動きが出来る。これは非常に素敵なことなのだよ、クロウくん!」
「……はっ!」
うとうととし始めたころに急に大声で名前を呼ばれたため、驚いて跳ね起きるクロウ。
「聞いていたかね、聞いていなかったかね? まあどちらでもかまわないんだがね。人と同じ動きが出来るというなら、人が作り出した数々の武器、兵器、道具、術技、秘技、奥義の全てを、そう使いこなせるというわけなんだよ。時にクロウくん。君は格闘家という職種の方々を拝見したことはあるかね? 彼らとの出会いがまさに私の運命の分かれ道だった。カラテ、アイキ、ケンドー、ジュージュツ、ボクサー、ただの人間の筋力と技術であそこまで強くなれるものだとは、もしあれがより堅く大きく強靭で柔軟な、そうACのような巨大な人型にも可能だというなら、まさしく人型は最強になるだろう」
クロウは半眼で不機嫌そうに開発者をにらみつけると、机上の小箱から配給の紙巻を取り出して火をつけた。
「だからよ、そこまでいったらAC――兵器じゃねえっつってんだ。AMS(ネクストとリンクスの神経系をつなぐ精神感応システム)なしでネクスト並みの動きが出来るのは有難いが、代わりに脳を活性させる薬だ。それに、ACだっていうなら、パーツの換装は? コアも頭部も、全部が全部オーダーメイドで、企業製品との競合性なんかまったく考えちゃいねえ。新規企業でも起こす気か?」
「はは、私は企業利益など興味ないな。それに、AMSの接続による苦痛と精神障害はあの薬の比ではないらしいぞ?」
「そりゃ、適応性低いやつらだろ」
俺みたいな、という言葉は飲み込んだ。適正試験で一時的に幼児退行して、大勢の前で恥をかいた苦い記憶が掘り起こされたためである。
「いやいや、適応性がどんなに高くても精神障害から逃れる術はないらしい。まあ、概念的にとらえれば、機械――ACと一体化しているようなものだし、適応性の高い連中の一部は自我崩壊にまで至っているから、なまじ適応性の低いほうが人間でいられるそうだ」
「人間――ね」
ネクストという兵器と、それを駆使する企業の業の深さに考えをめぐらせながら、クロウは煙草を灰皿で押しつぶした。
「それと、君の不満の一つだが、パーツ換装についてはようやく完成の目処が立った。数日中にはロールアウトするだろう」
「……あの馬鹿げた企画。そこまで進んでたのか?」
「まあね、君が短期間で連戦連勝してくれたおかげさ。国のほうが予算と人員を大幅に割いてくれた。テストタイプによる調整も上々、まったく君には頭が上がらんよ」
「下げたこともないくせに」
この開発者は、いつもそうだ。
常に上から物をいう。
本人にしてみればあらゆる人間関係はフラットであり、上下関係というものを理解できない性質なのだが、独特な口調がそう思わせるのだろう。
「いやいや、疲れているところを悪かった。ついつい話が長くなってしまうね私は。ゆっくりと休むといい。戦争はまだしばらく終わらないし、君も当分の間死ぬつもりはないだろう? 睡眠と休養は十分にとりたまえよ」
皮肉に気を悪くした風もなく、にへらと笑うと開発者は白衣のポケットに手をつっこみ、クロウに背を向けた。
「お休み、クロウくん」
「おやすみ、リャン開発主任」
そうして詰め所の電灯を消し、開発者――ジョンブル・両は部屋を出て行った。
暗くなった部屋に、整備員たちがせわしなく働き、声を上げて指示を交し合うかすかな音が聞こえてくる。
「何で俺はこんな所で、あんなものに乗ってるんだ?」
誰も答えない、答える相手を問わない、ただの自問自答。
「くそ、俺はただACに……レイブンになりたかっただけなのに」
全ては八年前、レイブンという人種が絶滅の憂き目に立たされた、国家解体戦争にまでさかのぼる。
彼の人生は、そこから狂った。いや、始まったのかもしれない。
レイブンにもリンクスにもなりそこねた男、クロウ・ミナモト。
これはもう一つのレイブンではないカラス、クロウと呼ばれた男の物語である。


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