No RAVEN No LYNX


第六話 断銃


ひび割れたアスファルトに多量の鉄塊が降り立ち、即座に思い思いの方向へと高速で「走り」出す。
それは四角四面でありながらも流動的な外装甲を持ち、四対八輪の駆動輪を高速で回転させ、無限軌道式の車輪を備えた――いわゆる戦車だった。
「何……?」
焦るでもなく、ただ目の前に唐突に現れた不可思議に紫紺のACを駆るクロウ・ミナモトは眉と唇を同時にへの字に変えた。
「せ、戦車ぁ!?」
竜馬の機首を上げ、地面を高速で移動する戦車の群れ「ソルディオスβ」の群隊行動を避けて上空へわずかに上空へと上がる。それは驚愕ゆえのとっさの回避行動だったが、正解だった。無人機であるが故に相対速度のから来る主観的な衝突への恐怖感に支配されないタンク型ACの脚部そのものに近い戦車たちは、速度を緩めることなく集団で義経へと突進をかけてきていたのだから。
上空へ逃れた後は高速旋回してすぐに正面を地面へと向ける。しかし、立ち直りの速度は向こうも同じだった。通り過ぎた地点の上空――竜馬にまたがった義経へ機首と砲口を向け、すでに狙いは定まっている。
「おい……!」
ソルディオス――その巨体とともに周知の事実となっている最大の武装……主砲「ソルディオスキャノン」の存在に思い当たり、クロウは背筋をこわばらせる。
現行の携行兵器では最高クラスの破壊力を持つコジマキャノン。ネクストのプライマルアーマーを形成するコジマ粒子を帯電加速させ、目標に向けて照射する。当然、コジマ粒子による汚染も残る、最悪の兵器である。
連続して木霊する爆音――火薬の爆発と弾頭が空気を切る二重の音節。エネルギー兵器であるコジマキャノンに弾頭発射のための炸薬は必要ない。
一瞬で実弾と判断したクロウは竜馬をバレルロールさせつつ、回転の勢いで地面に叩きつけられるように降り立つ。
16機のソルディオスβが主砲を発射してから、上空の竜馬に着弾するまでの一瞬に行われた回避行動であった。
即座に背面に背負っていた鞘から、一振りの日本刀を抜き放つ。着地の衝撃を殺すために深く曲げられた膝が伸びきり、超高速で一歩を踏み出すまでの流れで抜刀し、踏み込む速度そのままに一刀の元に正面のβ一機を袈裟懸けに斬る。
15機のソルディオスβが目標の移動にあわせて砲口を下げる間に、密集した戦車群の中で義経は二歩目を踏み出す。同時に下ろされた切っ先は上へと跳ね上がり、自分へ向こうとしていた砲塔の一つを切り落とし、更なる切り替えしで無限軌道を含む車体を切り落とす。
14機のソルディオスβが義経に向けて高速ロケット弾を放つ瞬間、上空から爆煙を引き裂いて、竜馬がシールド突撃を敢行する。衝突シールドに直撃された一機が潰され、そのまま竜馬は地面に突き刺さる。
13機のソルディオスβが主砲のロケットを発射すると同時に、驚異的な跳躍力で義経は入り乱れる射線から再び上空へと逃れ、的を外した砲弾のいくつかが同志の装甲を破砕する。義経はそのままソルディオスβの一機に着地し、深く膝を折り曲げながらその車体を刀で貫く。
12機の残されたソルディオス達は上下動の回避パターンになれたのか、無理に上空へは追わず、砲首の向きを直接着地点へと向けてきた。貫いたソルディオスβから刀を抜き放ち――即時の判断ゆえ、その稼動角にわずかにブレを生み、ナノ単位の厚みしかもたぬ刀身は薄氷のように崩れる。舌打ちしながらも回避動作で、期待を激しく左右に飛ばし、クロウは一機のソルディオスに狙いを定める。その主砲はすでに義経へ向けられており、今まさに砲弾が発射されんとしているその砲口へと――義経は左腕の拳を叩き込んだ。砲身を内側から圧迫しながら、義経の腕は戦車砲を塞ぎ、クロウがコックピットでスイッチ類を素早く操作すると砲身に埋まった左腕の二の腕から先が外れ、即座に離れる。その間――一秒にも満たない短い時間でトリガーの引かれた発射シークエンスが中止できるわけも無く、暴発して爆砕する。
11機のソルディオスに囲まれてもはや無手に陥った義経はいまだ闘志を衰えさせること無く、横とびに鋼鉄の獣達の隙間を駆け抜ける。クロウは操縦桿での操作を続けながら、その脇で計器類に戦術パターン選択情報を叩き込むことを絶やさない。主武装ナノスライサー損失、腕部パーツ破損、メインフレーム健在――戦闘続行中。現状を二進数の電波で受け取った竜馬に搭載されたAIは補給機として最適の選択を地面に突き刺さったまま行動する。騎乗時に義経が座する鞍の部分に位置する緩衝装甲が展開し、そこから二門一対の砲身が伸びる。その砲口から上空へと向けて放物線を描いて二つの塊が発射され、そのときにはすでに義経の残る右腕もパージされていた。義経が飛び、落下軌道にはいった弾頭と空中で組み重なり――熱変性する合成樹脂で出来た弾頭の中から真新しい紫紺の両腕が露出し、接続面に付着した電磁場発生装置が膨れ上がった肩に仕込まれた誘導装置によって本体へと引き寄せられ、合致すると同時に拘束具のような形状の電磁場発生装置は弾け崩れ落ちる。着地した義経の両腕は先ほどまでのような武装を効果的に扱うために稼働性を考慮されたものではなく、鉄板を何十にも重ねて膨れ上がったマニュピレーターの先はつまりそれで目の前の敵を殴打して粉砕するための――すでに義経のフレーム姿勢制御パターンは剣士のものではなく、二つの拳と変幻自在のフットワークで戦うボクシングスタイルへと更新されていた。深く膝を折り曲げて姿勢を低くソルディオスたちの砲口が下方向への稼動に限界を迎えるほど低く前のめりにまるで獣のような姿勢で激しく左右への権勢を欠かすことなくもはやすでに懐にもぐりこんでいて――強烈なアッパーカットが戦車の車体をひっくり返した。
「……残り十機か」
そう呟いたのは移動要塞拠点ソルディオスαのブリッジで、その場の戦闘司令官として佇んでいる男である。彼はアクアビットの残党集団を中心として今の企業国家社会耐性を維持せんと奮闘を続ける、新規軍需企業組織ノイ・レジセイア(新たなる統制)によって選抜された歴戦の勇士である。だからこそ、目の前で繰り広げられる奇想摩訶天外な兵器の戦果も、ただ戦場の現実として受け止めるだけの胆力はあった。
「色物がよくぞやってくれる……だが、こちらにも取って置きはある」
薄く唇を舐め湿らせてから司令官はせわしなく戦況をさえずり続ける部下達に命令を下した。
「γを使用する」
秒速三歩分の激しすぎるテンポで一息に距離を詰めると腰のひねりが十分に加わったパンチを繰り出し、7機目のソルディオスβを大地に沈めた義経のレーダーが新たなる熱源を感じ取り、その増援を肉眼で確認するとそれはコンテナを展開したソルディオス本体の上部――元々は球形の独特をしていた主砲の砲身、しかし今は円筒状のただの大砲のように見える――それを含めたソルディオス上部甲板の一部が変形していた。展開した装甲は一部をパージして揚力を生み出すための力学的形状をとり、砲身がまるで鳥の首のように伸びてわずかに下方を向いている。
「ソルディオスγ、発進!」
司令官が操縦桿を握り、補佐の部下二人が両脇でコースナビゲーションと火器管制を勤める。
大型のロケットブースターを搭載した翼が飛翔し、分離高速稼動形態を持つ要塞の主砲「ソルディオスγ」は天から地べたを焼き尽くす太陽神へと変化を遂げた。
「第一射、ッッッッてぇーッッ!!」
発進速度から巡航速度、戦闘速度へと数秒のうちに加速し続けて高度を高く取ってから機首にして方向を地上へと向け、急降下をかけながら司令官は火器管制に砲撃命令を下した。
青白く荷電したコジマ粒子が砲身にチャージされていく、その有様から上空のそれがなんなのか察知したクロウはとっさに次の獲物に向けていた狙いをそれて戦車の群れから離れるように高速で直進する。
帯電したソルディオスγの機首から閃光が放たれる……淡く温かみのある穏やかな光の球は地上へと放たれ――直下にあったβたちを残らず吹き飛ばした。
「足止めにはならなかったかッ」
司令官は舌打ちしながら機首を翻していまだ健在の義経を見下ろす。対して見上げるクロウもまた舌打ちをもらした。
「ここにきて空中戦の必要が出てくるとはな……ッ」
すでに竜馬は頓挫してシールドごと地面に突き刺さっている。あの大質量を立て直す隙を敵が与えてくれるとは考えられない。
「……帰りのアシがなくなるからやりたくはなかったんだがな……」
竜馬に装填された補給パーツ類の中から一つの部品を選ぶ。
それは竜馬の絶大な推進力の基盤である大型のロケットブースターであり――義経が地面と垂直になっている竜馬に駆けつけるタイミングでそれは竜馬本体から外れ落ち、腰部から下がパージされた義経の下半身と一体化する。
騎乗時に使用していたパイルバンカーを右腕と付け替え、前足ウィンドシールド部分に仕込まれていたミサイルポッドを肩に積み、ブースターを点火させる。
「……ぬッ……おおおおおおおおおおおお!!」
爆発的、いやまさしく爆発したとしか表現できない加速で真上に向かって義経は飛ぶ。
上空を高速で旋回しながらソルディオスγと司令官はかつてない緊張に肌を粟立たせながら操縦桿を強く握り締める。
「専用の補給機がそのまま多様性の高い代用パーツとなっているのか……まさしく変幻自在の兵器といったところか。だが、この新たなソルディオスとて、負けてはいない!」
司令官が操縦桿を思い切り倒し、上昇を続ける義経に向かって急降下をかけた。すぐさま義経はパイルバンカーの切っ先を――向けかけて平行移動をかねたバレルロールを仕掛ける。瞬時にさっきまで義経が進んでいた軌道上をなぞるように青白い荷電粒子の弾丸が通り抜ける。お互い同じ機動力を手に入れた――あとは武装のリーチの差だ。
同じ高度に達すると同時に義経とソルディオスガンマは幾何学的な模様を中空に描きながらドッグファイトを始める。バレルロール、インメルマンターン、ありとあらゆる航空操舵技術を駆使しながら、鋼鉄の塊が空を縦横無尽に駆け巡る。
いたちごっこに決着をつけたのは義経がミサイルポッドから放った7つの弾頭だった。一撃の威力が強いがチャージの必要があるソルディオスキャノンを飛ばすために前部掃射用の機銃しか積んでいないソルディオスγには圧倒的に手数が不足していた。翼に受けた爆発による軌道の揺らぎが、義経に後ろを取らせる隙を作り出す――!
「もらった!」
即時にパイルバンカーを突き出し、翼の一部を貫く――
大穴を空けられ、引き裂かれた翼はあっという間に揚力を失い、莫大な推進力はそのまま自滅への秒読みを早め……
落着した時にはすでに機体が加速ショックに耐え切れず、自壊していた。墜落したコジマ融合路はひび割れて臨界を起こし、あっという間にコジマ粒子による汚染は広がっていく。
「……おわったかね」
遠く離れた地で、ジョンブル両は通信機に語り掛ける。
「……ああ、終わった。しばらくは何もしたくねえ……」
「はは、お疲れ様だよ。すぐに回収部隊を差し向けるから、まあゆっくり休んでいてくれたまえ」
通信を切って両はこれからのことを思う。
おそらく、あれは現在争いを続けている企業とはまた別の、非常に大きな勢力の手駒だ。あの闘争のあと企業達で最も勢力の大きなGAアメリカですら、あんな兵器の投入はまだ行っていない。誰よりも先んじて最大戦力を欧州の中央に据えた物こそ、この新たな紛争の王者となる。
それをクロウは戦い抜けるだろうか。
戦い抜くのだろう。
そうでなければ、ただ死にさばらえるだけなのだ。
彼も、自分も、企業も、国も。
必要なのは戦い続ける意志と、命と、武器。
ただそれだけが、歴史をつくっていく……



End of the stories?