アーマードコア4 鴉〜No RAVEN No LYNX〜


三話……死魂のAC


「……なんなんだあれは。あんなのACじゃねえ。馬鹿にしてやがるのか」
「そう言わないでくれ、レイブン。あれは確かに、私の開発した自慢のACだ」
「うるせえ、あんなACまがいにのってるんじゃ、レイブンだなんてとてもじゃねえが名乗れねえよ」
「……ふむ、ではクロウとでも名乗ったらどうかな?」
「自分の名前を公明正大に宣伝しろと? 阿呆か?」
「いやいや、そうではないさ。今のクロウというのは、カラスのクロウのことだよ。レイブンではないクロウ。疲弊した争いの芽をついばむ我々には似合いだと思わんかね?」
「皮肉のつもりか、あくまでも馬鹿にしてやがるのか……」
「ああ、悪意はなかったんだ。すまないね。しかし、字面でみれば鴉(クロウ)というのも悪くないと思うのだが……」
「カラスに何の違いがあるんだ」
「いやいや、しっかりと大きな違いはあるさ。レイブンは各地を渡り、大きな翼をもち、私の母国語では烏と書く。しかし、クロウは巣を作り、一つところに留まる、誰もが見慣れ親しんだあの小さなカラスさ。こちらは鴉と書く。一つの国家、ひとつの企業のために働くのなら、こちらを名乗るべきだと私は思うのだがね、不幸なことに山猫(リンクス)という名称が先についてしまった。惜しいことをしたかな? 命名権でも勝ち取れば、今頃印税暮らしでも出来たかもしれない」
「知るか馬鹿」
これは、一匹の鴉が油まみれの白い男に出会い、小さな羽根を獲得するまでの話。


生粋の日本人である水元九朗がレイブンに焦がれるようになったのは、自然な流れだったかもしれない。
企業による統治が始まる前のその小さな島国では、軍事力をもって肥大化した右と左の翼が国家権力を脅かして獲得するため、絶えず紛争を続けていた。
はるか昔に定められた平和のための条文など、ひとたび暴力によって破られればただの言葉にしか過ぎない。
もっとも、それは経済利権を巡る欧米各国が秘密裏に支援、扇動した仕組まれた紛争に過ぎなかったのだが。
彼はどちらに所属することもなく、不当に占拠された反乱分子の支配する街で育った。幼いころから人死にを目にし、危険が迫れば殺しもいとわない。ただ、自分が生き残るためだけの戦いを続けていた。
だから、時には国家の味方となり、あるいは敵として現れるAC――レイブンとの接触も自然なものだった。
国家による、占拠地区奪回戦。自衛軍とレイブンの駆るACによって、九朗の住む都市は開放された。多大な人命の犠牲と引き換えに。
家族の顔が永遠に見られなくなって久しい九朗の下に訪れた、突然の平和。奪い取ることでしか生計を立てられなかった九朗は、報復戦を警戒して街に留まっていたレイブンに近寄った。
ACは、力だ。
力があればより長く生きていられる。
扱い方もわからないのに、ACさえ奪い取れば自分の思うがままに生きられると信じていた。そんな幼い少年だった。
そして、幼い少年にそこまで大それた功績が上げられるわけもなく、彼は当然の如く捕まり、袋叩きにあった。
「飢えた目をしてやがる」
腫れ上がった顔と全身で地面に横たわる九朗を見下ろしながら、そのレイブンは言った。
「いいぞ、それは生き残る奴の目だ」
何の気まぐれか、それから九朗はそのレイブンが抱える整備チームの雑用係として拾われた。
暇のないほどの雑用を一日中こなして、与えられるのは少量の食事。
奪って盗んで過ごしてきたころと比べれば少ないが、粗末でも汚れてもいなかった。しかし、それで満足のできる少年ではなかった。
整備の手伝いをしながらACとMTについて貪欲に学び、二桁の年齢に達するころには誰に教わるでもなく、MTの操縦をこなして見せた。めきめきと頭角を伸ばし、それで褒められることもあれば疎まれることもあったが、技術的にも、実力的にも誰にも文句を言わせぬよう、努力を怠らなかった。
自分を拾ったレイブンは、夫婦で傭兵業を営んでいた。
夫は拾うだけ拾ってあとはほとんど放置に近かったが、妻のほうは幼い子供を甲斐甲斐しく世話した。ACの勉強を独自に勧める九朗を、影ながらバックアップしたのも彼女である。もっとも、演技の下手な女だったので、その事実は九朗にとって周知の事実だったが、そのことを特に指摘するつもりはなかった。実際、自分はそのおかげで助かっている。子供の意地を張って、余計なことをするなとは、とてもいえない。九朗は彼女に深い感謝と畏敬の念を持って接していた。
あるとき、女レイブンに企業から声がかかった。
新型ACのテストパイロットとしての指名だった。
場合によってはそのACを譲ってもらえるとも。
空いたACはお前にくれてやる。そんな約束をしてもらって、九朗は女レイブンを送り出した。
一月の後、精神を病んだ姿で帰ってくるとも知らずに。
今になって考えるなら、それはネクストにのるためのAMS適応者を集めるための方便だったのだろう。AMSでひどく精神を病んだ女レイブンは、ほどなく息を引き取った。
男のレイブンは、乗り手のいなくなったACに、誰も乗ることを許さなかった。
九朗も、彼女のACに乗りたいとは思わなかった。
やがて、ACにものれず、レイブンにもなれないまま、彼は十六の齢を迎えた。
その時、全ての転機が訪れた。
国家解体戦争――今更説明するまでもない、企業による政権奪取のための戦争である。
九朗たちも、国家を守るため、企業と相対した。
結果として、彼は自分の命以外のものを全て失った。
親といえるレイブンは死に、同じような境遇で拾われて共に過ごした者、また整備のノウハウを一から教えてくれた者、憎まれ口を叩きあいながらも憎からず思っていた者、仲間からはぐれて周囲に溶け込めずにいた昔の自分と似た者、みんなみんな、全員が全員、死に絶えた。
ネクストという、ACの前に。
全員が死んだあと、残されたのはMTに乗った九朗のみだった。
圧倒的なスピードと火力の前に、何も出来ず、怯えてすくんでいるだけのMT。
ただ一機だけ残ったそれを、気にかけることもなくネクストは去った。
助かった――安堵した後にようやく復讐心が膨れ上がった。
すぐにでも怒りがこみ上げなかった自分の心の弱さにすら憤り、憎悪は積み重なる。
もっとも、無抵抗だからこそ見逃されたのであって、それが今後の展開を分けたといっても過言ではない。
あのネクスト、忘れはしない。
MTであろうと、ノーマルACであろうと何でもいい。
レイブンとして、あのリンクスを殺してやる。
それだけを希望に、いまだ紛争を続ける地域を渡り歩いた。
そんな生活が五年も続き、ようやくめぐり合えた仇はニュース映像の中、無残なまでに破壊されつくしていた。
仇を殺したのはアナトリアの傭兵と呼ばれる元レイブン。
やがて、全てのリンクスはレイブンによって刈り取られる。
仇敵を失った虚しさを噛み締めながらも、やはり最後に勝つのはレイブンだと、彼の中の信仰は深まった。
しかし、リンクスを失っても、それを産み出す企業は絶えず、リンクスは絶滅しなかった。しかし、企業の力は今までとは比較にならないほど弱体化している。支配体制を確立するために色々と無茶なことを続けてきたツケが、このときに全て返されようとしていた。
紛争である。
戦場こそレイブンの生きる場所。
九朗は自分の戦場を、自分のACを求めて世界をさまよった。しかし、反抗勢力側も、まだまだ全盛期の企業との戦いの傷跡を引きずっている身である。パイロットの需要に、ACの供給が間に合っていない状態であった。これ以上のパイロットは要らない。機体さえ持っているなら歓迎する。
ACを持ったこともない九朗が歓迎されるわけもなく、九朗はことごとく跳ね除けられた。
しかし、弱体化した企業の密集する欧州と隣接する中東と中国では企業の工場からACの強奪が盛んに行われているという噂を聞き、一縷の望みをかけて彼はその地へ向かった。
なにより、中国はノーマルACでネクストを初めて撃退した伝説を持つ地域である。正確に言えば相打ちなのだが、その光景を録画した映像がマスメディアを通して世界中に放映され、ネクストと企業の絶対権力を覆す一歩となったことはいうまでもない。
中国の抵抗勢力接触した彼を待っていたのは、ネクストに乗るためのAMS検査と、薬物耐性検査である。
AMS検査は悲惨な結果に終わったことは以前に語ったとおりだが、もうひとつの薬物耐性検査に合格した九朗は、ほかの候補者と一緒に謎の訓練施設へと向かわされた。
そこで行われた体力測定、そして訓練は熾烈極まるものだった。人間的な身体能力の全てを活用してすら、届かない。超人的な運動能力、そして操縦テクニックを強要された。
数ヶ月もそれが続いたであろうか、ほかの候補者達は続々とドロップアウトしていき、最終行程まで残ったのは九朗を含め数人だった。過酷な訓練を、ACに乗るためという執念でこなし続けた九朗は、候補者達の中でも飛びぬけた存在になっていた。
その生き様は少しも変わってはいない。戦い、鍛え、強くなって、奪う。
ネクスト戦を想定したシミュレーターでもノーマルACで三割の勝率を誇るようになった。この強さと、それに対する貪欲さが、あの男の目に留まった。
ついに、彼は自分にあてがわれるACと対面することになる。
あの、紫紺に彩られ刀を携えた一機のACと。
その背中には、殺したもの、目の前で死んだもの、母といえる女、仲間と呼んだ男達、全ての死がのしかかっていた。
紫紺の機体と、士魂の兵器、死魂を背負ったパイロット。
九朗は大きく息を吸い込んで、初めてACの操縦桿を握った。
――物語は冒頭へつながる。


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