アーマードコア4 鴉〜No RAVEN No LYNX〜

一話……紫紺のAC


民主、共産、独裁、首長、連邦、あらゆる国家が企業というものにとってかわられてから――いわゆる国家解体戦争から実に八年の月日が過ぎようとしていた。
革命とは、後にも先にも混沌としているものだ。だが、解体戦争のその後は比較的安定していた。新たに社会秩序の規範となった企業達が、圧倒的に強すぎたためだ。
国家解体戦争――大仰なその名称から想像できないほど早く、一ヶ月でそれを終わらせた企業の手先。
アーマードコアと呼ばれる人型軍事兵器、最新鋭の技術を投入して作られたその次世代機、ネクストと、パイロットであるリンクス。
彼らの存在が、企業による政治的支配を磐石のものとしていた。
そこに一石が投じられる。
三年前、アナトリアというコロニーが旧世代のAC、ノーマルと差別されるそれのパイロットである傭兵、レイブンをネクストに乗せ、傭兵業を始めた。
ネクストに投入されたコジマ技術などのそもそもの開発元であるアナトリアは、各企業への情報漏洩によってその優越性を失ったため、資金的に困窮した末の苦肉の策であった。
それが世界をもう一度変える羽目になる。
アナトリアの傭兵は周囲からの侮蔑の視線をものともせず、自らを侮っていたもの、評価していたもの、ただ敵対していたもの、協力関係にあったもの、おなじく傭兵として世界を生きたもの、すべてのネクストを撃破し、全てのリンクスを死亡させた。
企業にとっての虎の子が、たった一人の旧世代上がりによって破られたのだ。
伝説にもなりうる偉業を成し遂げたアナトリアの傭兵だが、最後のリンクス、ジョシュア・オブライエンを打倒したあと、行方をくらませている。
アナトリアの傭兵が破壊したものは、ネクストだけではない、各企業におけるパワーバランスも大きく傾いた。
G.AグループなどはEU支社の造反を受けて欧州での活動拠点を失ったし、欧州最大勢力だったアクアピットは本拠がアナトリアの傭兵によって壊滅、専属のリンクスのためだけに企業方針を固めたBFFもまた欧州に拠点を置いている。
つまり、欧州地域が見るも無残に弱体化してしまったのだ。
これに機を見出したのは、国家解体戦争以降も、国という名前を保ち続けた抵抗勢力たちである。
向こうが保持している軍事力は、ほぼ対等になった。あとは時勢に乗るだけである。
対抗勢力を多く抱えていた中国、そして中東地域の小国はこぞって陸沿いに欧州を攻めた。体制の立て直しに躍起になって、ひどく混乱する指揮系統。ろくな応戦も出来ず、無抵抗のまま基地や工場を制圧され、兵器を鹵獲され、質と量の優劣はあっという間に均衡状態に移った。
敵意にさらされ、武器もなくした企業達は焦った。しかし、彼らはまだ全ての力を失ったわけではない。現存するリンクスの全ては死亡したが、権力の長期維持のために次を用意しておくのは当たり前だ。
彼らは、いまだ養成過程にある――未完成な兵士をリンクスとしてネクストに乗せた。それだけに及ばず、ネクストの操作システム制御に必要な適正が足らず、欠陥品とレッテルを貼り付けた者をも戦場に駆り出した。
張子の虎で虚勢を張らざるをえなくなった企業達。
なるほど、たしかに戦況を五分にまで盛り返すことは出来た。
リンクスとネクストの再登場により、対抗勢力側にもひるみが見え始めている。
時勢は再び、企業側に追い風を送り込もうとしていた……

爆発音が連続して、鳴り止まない。
砂塵が絶え間なく巻き上がり、空は砂の色に染まっていた。
砲台を搭載した機動兵器、ACよりも古く、汎用性に優れたMTと呼ばれる機械の群れだ。
二つに分かれた群れは互いに攻撃を繰り返し、その数を減らしていく。
そんなMTの群れの中に、ちらほらと人型の機体……ACが見える。どうやら、指揮官機として、あるいは遊撃部隊として機能しているようだ。
しかし、代わり映えのない戦場である。どちらが優勢ということもない、どちらが劣勢ということもない。平坦な、部隊となっているモンゴルの平原のように平坦な戦争だった。
見渡すかぎりの大平原であるから、地理的な条件は互いに一緒。使用されている兵器も企業側が生産し、抵抗勢力側が鹵獲したものである。あとは数に頼るのみだが、抵抗勢力側の機体強奪や、地元民の加勢によってほぼ互角。
まったく同じ条件でのぶつかりあいだった。
ひたすらに撃ち合い、殺し合い、相打ち必至の泥仕合
ここぞという決め手に欠けているのだ。
なんらかの切り札が、どちらかによって切られない限り、何一つかわらぬまま終わっていく。そんな戦争だった。
切り札は――企業側が先に切った。
レオーネメカニカに所属するリンクス、アルフォンス・ペルエムフル。エジプト系ドイツ人。十五歳。
レオーネがこの戦争のために養成研究所から引っ張り出してきた、まだ幼い少年である。
とのリンク過程において強い精神的ストレスを受け、その緩和が行われなければ実戦投入は不可能という施設側の意見を無視した結果、彼は精神的に不安定な状態に陥り、戦場での過剰な殺戮を楽しむ異常な気性を形成するにいたった。
「どかーん、あはははは。どかーん……」
幼児期にありがちな暴力への倒錯。脳神経へのストレスによる過負荷は、精神年齢の幼児退行という形で現れた。
「さばき! さばきだ!」
ペルエムフル、彼の血筋であるエジプトの言葉で、魂への裁き。
それを彼に教えたのは、心理セラピストとして随伴していたケイモン・ファングであったが、彼女は先の戦闘において殉職。故に、アルフォンスの精神崩壊はスピードを増し、この戦いが最後、もはや保たないと思われていた。
それゆえに、AC短期での、敵陣突入などという無謀な作戦に投入されたのである。
否、ネクストの性能を考えれば、あながち無謀でもないのだが、どんな結果にしろ彼にとってこれが最後の戦場となるだろう。
与えられたのは黒く塗装された、中量二脚。猛禽の嘴のように尖ったコアと、三枚のフィンをあわせたような背面装備のレーザーライフルを左右に装備。両手にはそれぞれ実弾ライフルと、レザーブレードが装備。その重量を支えるためだけに脚部は中量仕様となっており、あとのパーツはとことんまで軽量化を施されている。
もうひとつの彼の家系から「凶鳥」(フュッケバイン)と名づけられたその黒い機体は、コジマ粒子による白い輝きを撒き散らしながら、戦場に異常な速度で近づいていった。
背中のレーザーライフルが展開し、MTのならぶ大地をなぎ払う。巻き起こる爆発の光に目を輝かせ、きゃあきゃあと歓声を上げる。
その前に重量ノーマルACが弾幕を展開しながら立ちはだかるが、ネクストの周囲を浮遊するコジマ粒子があらゆる物理的威力を減衰させる。機体そのものにはほとんど傷のないまま、そのノーマルが対応できない速度で直前まで接近し、左脇をすり抜けながら、ブレードの刃で両断した。
「あははははは」
無邪気な笑い声。
戦場には不釣合いな、否――戦場だからこその狂気に満ちた、純粋な微笑だった。
レーザーが、再び大地をなぎ払う。その標的はもう敵味方の区別もない。ただ、壊れるのが楽しい。アルフォンスの精神は幼児期を通過して、思考そのものを放棄。単純に快楽を求める、獣以前の状態に近づきつつあった。
敵味方の判別も不能なまでに陥ったアルフォンスだったが、その奇異なACだけははっきりと認識することが出来た。
中国側の軍勢に、一機だけ、異様な形状のACが参戦していた。
肩や腕、腿や脛、体中のあらゆる場所が不自然にふくらみ、そこかしこに加速用のバーニアがつけられているようだ。その重厚さから重量級のような印象を受けるが、装甲の形状は空気抵抗を避けるためのシャープさ――いわゆる軽量級のデザインラインを踏襲している。
その紫紺のACは、まるでACらしくなかった。
通常のACならば、戦闘中は背面ブースターを全開し、忙しく動き回るものである。とてもではないが、戦闘中に二本の脚でゆっくりと歩き回るACなど、めったに存在しない。
はっきりいって、ただの的だ。通常の兵器たちにあっという間に包囲され、蜂の巣にされるだろう。
だが、そのACに目立った損傷はなかった。
何より、目に付いたのは左の腰に差した長物。
日本刀である。
ACというものをよく知っている人物ならば、馬鹿な、というだろう。あるいは、なんの冗談だ、とも。
実体の剣がその威力を誇れたのは、有機生物を相手にしていた間のみ。無機物と有機物という質の違いから、薄くて鋭い刃物は、脅威に値する武器だった。
だが、刀で鉄を切るなど夢物語だ。鉄で、鉄は切れない。せいぜいが相打ちで終わるだろう。
だからこそ、流通しているAC用の近接物理兵器は、重量と勢いと、一点集中で相手を貫くパイルバンカーのみになっているのだ。
もし、今後AC用に近接物理兵器が開発されるとしても、それは棍や槌などの打撲武器になるだろう。
刃物など無用の長物。ACには役に立たない。
もっとも、アルフォンスがそのACに目をつけたのはそんな理由からではなく、ただ単にいつまでたっても落とせないからだ。
高速で飛び回るネクストに一つ一つの敵機を一々かまっているのは効率が悪い。次から次へと標的を変えながら、掃討していくのが基本である。
だから、そのACには通りがかり、何度も攻撃を仕掛けた。だが他の敵機を相手にして戻ってくると、また無傷のままそこに立っているのである。
ゆっくりとした足取りを緩めもせず、急ぎもせず、じっくりとアルフォンスのフュッケバインに向かって歩いてくるのだ。
すでにあらかたの邪魔は排除した。こんどこそ仕留めるつもりでアルフォンスはアサルトライフル銃口を向け――撃つ。
ロックオンする時間が長いほどFCSの処理が進み、命中精度は上がっていく。しかし、ひどくゆっくり歩くそのACにはそんな時間は必要ない。ネクストにとっては止まっているようなものだ。
だから、命中するものだと確信していた。
しかし、着弾直前に紫紺のACは横へ飛んだ。バーニアの噴射を使わず、二本の脚で横っ飛びである。
それはACの規格ではない。
ACの脚部はそんなことが出来るようには作られていない。横への高速移動なら、サイドブースターをふかせばいいだけである。だから、コストの問題もあってそんな機能はオミットされている。
外れたことに腹を立てたのか、アルフォンスは背面装備の翼状レーザーライフルを構え、狙いをつけて一斉射する。六本の光帯が紫紺のACに向かって飛び、そいつはステップを踏むように右へ左へとかわしていく。
そこに、アサルトライフルによる追い討ち。こんどは逃がさないため、連射を続ける。
だが、紫紺のACは軽やかに、踊るような動きでかわし、宙へ逃れた。逃さず連射を続けるが、ひねりをくわえながら何度も宙返りし、華麗に弾幕を避けていく。
「かっこいい……」
アルフォンスはその光景に感嘆のため息をついた。
あまりにも人間的で、超人間的なそのACの動きは、華麗としか言いようがない。
次々と攻撃を仕掛けるものの、相手のACは全身に仕掛けられたバーニアを小出しに噴きだし、最適な動きを最速でこなしていく。
素早く動く度にバーニアの火が灯る姿は、まるで火の粉を散らしながら踊っているようだ。
そんな攻防の間にも、じわじわと二体の距離は詰まっていく。
接近した紫紺のACは腰を低く構え、鞘に収められた刀を右手で抜刀した。
熟練した殺陣のような、みごとで鮮やかな――ACにはありえない、人間的な動作だった。
紫紺のACは、眼前で刃を平らに構え、じりじりとすり足でフュッケバインのまわりを移動する。
至近距離での銃撃、それすらもかわして見せた。なまじ、撃ち続けることで相手に近寄らせる隙を与えてしまう。
威嚇の意味も込めて、レーザーブレードを展開した。もっとも、すでにアルフォンスにはそういった思考力はなく、ただ近寄ってくるものが恐ろしいのだ。それを振り払うために、滅茶苦茶にブレードを振るう。
プログラミングされた、パターンの読みやすい軌道。だが、MTやACを相手にするのならそれで十分である。レーザーブレードの刃は受けて流すことは出来ないし、敵も人間のようにしゃがんだり、急激に後ろへ飛ぶようなことはしないのだから。もっとも、ネクストに標準装備されているクイックブースターならば似たようなことは可能であるが。
それにしても紫紺のACの運動能力は異常すぎる。
ノーマルACが、ネクストの誇る速度を上回っているのだ。それも、ACにはありえない動きで。
いったい、この機体はなんなのだろうか。
すっと、紫紺のACが眼前に構えた刀の柄を、腰にまで落とす。
瞬間――
白刃が煌いた。
フュッケバインのコクピットの中で、アルフォンスは恐慌状態に陥り、コントロールスティックを滅茶苦茶に動かしながら、ブレードを振り回した。
だが、先ほどまで視界を埋め尽くすほどに輝いていたレーザーブレードの光はない。
いや、ブレードを装備していたフュッケバインの腕がない。
鋼鉄の腕を、鉄の刀で切り落とした。
すでにありえないことが何度も起こっている。しかし、これは異常の極め付けだった。
「はぁ……ああ!」
泣きつかれ、かすれた声で驚愕の声を上げるアルフォンス。
大きく見開かれた目が、再び腰だめに刀を構える紫紺のACをとらえ――

結局戦況は引き分けということで互いに撤退した。
戦場には無数の残骸が転がっている。
MT、AC、そして……ネクスト。
コアと脚部がみごとに切断された、物言わぬ機体が、砂塵の吹きぬける草原に横たわっていた。
パイロットの生命反応はない。
だが、その表情は全ての苦痛から開放されたかのように――ひどく、安らかだった。

……To the next.