SRW 第三話 その名はMARS

「スネーク! 何なのだこの小僧は!」
高速輸送地上戦艦、シャゴホッド
その乗員食堂の片隅で、一人の老兵がスネークを呼びつけていた。
「一体どうした、You-山」
間食のカロリーメイトをかじっていたスネークは、騒ぎの中心へと足を運ぶ。
「どうしたもこうしたもないわ! 一体あの小僧はどういう味覚をしてるんだ! あんな滅茶苦茶な食べあわせ、人間の食事じゃない!」
老齢ながらも鋼の筋肉に覆われた大柄な男が、食堂の隅に座った少年を指差し怒鳴る。
病人が着るような服から漆黒のスーツに着替え、顔にはこれも真っ黒なバイザーを取り付けた少年。
火星遺跡研究所から連れてきたアキトである。
彼の目の前のテーブルには、メニューには存在するが誰も頼まない、いわくつきのメニューが並べられていた。
「ええい、コックを呼べ! こんなもの、頼まれても作るものではなかろうに……」
老齢の男は名をYouー山という。もちろん、コードネームである。
人一倍食事にうるさく、そのためにこのシャゴホッドのコックは超一流が取り揃えられている。
それでもこの頑固爺は口やかましくコックをなじり、半年に一度は涙と共に艦から降ろさせている。
「なんだよ、この飯そんなにおかしいのか?」
不思議そうにYouー山やスネーク、周りに集まってきたギャラリーに尋ねる。
アキトの顔とその目前で異様な気配を放つメニューを見比べた後、全員が一様にうなずいた。
「そ、そうなのか……」
研究所ではペーストされた栄養食しか与えられていなかったアキトは、まともな料理を知らない。頼むメニューに困っていたところ、ちょっとしたいたずらのつもりで乗組員の一人があのメニューを勧めたのだ。
普通なら、メニューの名前だけでどういう料理か想像はつき、推薦した乗組員もまさか頼みはするまいと思っていたのだが……
「別に、俺が食おうと思ったわけじゃないぞ。他の皆もこれを食うって聞いたから……」
アキトの言葉に、全員が首を横に振る。
「……騙されたな?」
微笑を浮かべながら語りかけるスネークに、アキトは頬を膨らませる。
「そんなにひどいのかよ、これ?」
「ああ。最悪だ」
ふーん、と納得しかねるような顔でアキトはスプーンで一口すくって口に運ぶ。
周囲から悲鳴のような息を呑む声が聞こえる。
「……やっぱりわからない」
「仕方ないだろう。味覚はまだ戻ってないんだから」
「そうだけど……」
「味覚が戻ったら同じメニューは頼むなよ。地獄を見るぞ」
盲目のはずのアキトが、スプーンを正確に使って口に運ぶのを見ながら、スネークはその場を去った。

――話は前日にさかのぼる。
MMGガレージに収納されたメタルギア・サイサリスから降りたスネークは、アキトをつれて事情説明のためにブリッジに向かった。
「やあ、スネーク。無事でよかったよ」
ブリッジのドアを開けてやってきたスネークを、オタコンが両手を広げて迎える。
「ああ、まさかゲッターロボが出てくるとは思わなかったが……何とか逃げ切れた」
先ほどの戦闘で現れたマハの部隊には、いるはずのないゲッターロボがいた。
「そうだね。早乙女研究所は中立の民間機関のはずだけど……すこし裏を探ってみるよ」
「頼む」
疑問を放っておくこと、情報において遅れをとることは戦争では致命的になりかねない。情報収集はオタコンの仕事の一つだった。
「おい!」
そんな二人の会話をさえぎるように、アキトが声を上げる。
相変わらず、あさっての方向を向いたままである。
「彼がさっきの話の?」
「ああ、そうだ」
サイサリスから降りる前に、ごく簡単にではあるが、アキトのことを説明しておいた。
「やあ、テンカワ君。僕はハル・エメリッヒ」
語りかけながらアキトの手をとり、熱烈に握手する。
「近しい人間からはオタコンって呼ばれてる。よろしく」
「あ、ああ……」
やたらとなれなれしいオタコンの態度に少し引きながらも、アキトは返事を返す。
「それでスネーク、彼はこれから一体どうするんだい?」
「そうだな、適当なマスコミに引き渡すか……」
「なんだって!?」
スネークのもらした呟きに、アキトが反応する。
「約束が違うじゃないか! オレを反連盟軍に入れてくれるんだろ」
「約束をした覚えはない」
「きたねえ、利用しやがったな!」
「利用しろと言ったのはお前だぞ。これに懲りたら、自分の身を安売りするのはやめるんだな」
正論を放つスネークの言葉に、アキトは怒りを殺して押し黙る。
「しかしスネーク。僕らは逃亡中だ。そう簡単に彼を降ろせるような状況じゃないんだけど……」
「そうだな、雑用でもやらせておく……わけにもいかんか」
スネークは改めてアキトの姿を見る。
視覚、嗅覚、痛覚、五感の大半を失い、今は感情を高ぶらせているせいか体表面に薄く神経のような光の筋が浮かんでいる。
確かに意欲はある。
連盟軍を倒すためと言えば、雑用にも身をやつすだろう。
だが、見えず、匂わず、痛みも感じない、半ば死人のようなこの少年を戦わせることなど、できるわけがなかった。
「その辺は何とかできるよ」
「何?」
スネークの悩みを察したのか、オタコンが声をかける。
「どういうことだ?」
「彼は火星生まれだろう? テラフォーミングのために大気中に散布されたナノマシン大気の元で生まれたんだ。おそらく全身の血液、細胞にまでナノマシンが入り込んでいるはずだ。こいつらをちょっといじってやって、神経接続の機能をもつ外部受動機をつけてやれば、少なくとも痛覚、あわよくば全部の感覚は戻るかもしれない」
「本当か!?」
その言葉に食いついたのは、当然スネークよりアキトのほうが早かった。
「任せてくれよ、僕はこう見えても機械工学に関しては博士号を持ってるんだ」
「そういえばそうだったな」
思い出したようにスネークが言う。
「おいおいスネーク、このシャゴホッドや君のステルス迷彩を作ったのは誰だと思ってたんだい?」
オタコンは呆れたような苦笑したような笑みを浮かべる。
「それに、ナノマシンにマシーンフィードバックの機能をつけてやれば、普通よりも簡単にMMGの操縦ができるようになるよ」
「オタコン! あまり甘やかすな」
見えぬ目を輝かせるアキトとオタコンをスネークがたしなめる。
「MMGの操縦はそんなに簡単にできるもんじゃない。ナノマシンの助けがあっても、十分な訓練が必要だ。付け焼刃の兵士が出て行ったところで、犬死するだけだぞ」
これはスネーク自身が良くわかっていることである。
スネークもまた、ナノマシンのマシンフィードバックシステムで機体を動かしているのだ。
MMGとは規格の違うメタルギアをすぐに操縦できたのは、ナノマシンの力もある。だがそれ以上に訓練と実戦を積み重ねているのだ。
「ああ、僕も戦えない身としてよくわかるよ」
対照に、オタコンはいくらナノマシンの力を借りても、訓練をつんでもMMGに乗ることはできなかった。向き不向きもあるだろうが、戦士にはなれないのだ。
「だからスネーク。僕としては戦えるかもしれない人を、一人でも多く増やしたいんだ。そうすればこんな戦争も早く終わるかもしれないだろう?」
「オタコン……」
勤めて明るく笑おうとするオタコンに、スネークが言い返せる言葉はなかった。
「さて、そろそろ私の話を始めてもいいかな」
唐突にブリッジの上の方、高い位置にある椅子に座った人物から声がかかる。
「キャンベル大佐!」
「ここでは艦長だ、スネーク」
艦長席に座っている初老の男は、名をロイ・キャンベルと言った。
オタコンよりも付き合いの長い、スネークの戦友である。
「テンカワ・アキト君。上に問い合わせたところ、君の身柄をメタトロン本部が預かることになった」
「大佐、本当か?」
「ああ、遺跡研究所の実態を暴く重要なカードになるかもしれんとのことだ。時が来るまで、その存在は秘匿されねばならん。メタルギアと一緒にな」
「結局、オレはどうなるんだ?」
キャンベル艦長の説明では解りにくかったアキトは、スネークに問い直す。
「……反太陽系連盟組織、メタトロンの本部に連れて行かれることになった」
「じゃあ、オレも反連盟軍として戦えるんだな!?」
「さあな、どうなるかは俺にはわからん」
不満げなため息をつき、アキトをオタコンに任せてスネークはブリッジを出て行った。


一晩明けて、次にスネークがアキトを見かけたときには、彼は黒尽くめのスーツを着てバイザーをかけていた。
オタコンの説明によれば、バイザーは目に入り込んだナノマシンとリンクして、視覚情報を脳に伝えるらしい。スーツのほうは痛覚を伝える役目がある。
ただ、嗅覚と味覚は復活させることはできなかったらしい。
「生物工学は苦手でね」
苦笑しながら語っていたオタコンだが、残念そうなのは明らかだった。
だが視覚が回復しただけでもアキトは十分感謝しているようだった。
朝からはしゃいで、艦内を歩き回っている。
まだまだ子供に過ぎないな。
食堂でアキトと別れた後、廊下を歩きながらスネークは思った。
子供を戦場に立たせるべきではない。
自身も幼いころから戦場に立っていたにもかかわらず、いや、だからこそスネークはそう考える。
自分をあんな体にした連盟に対する復讐心で、彼は戦おうとしているようだが、憎悪を重ねるだけでは戦争は終わらない。
それがわかる子供ならばいいのだが……
そんなことを考えていると、突然艦内放送が鳴り響く。
「本艦に敵影が接近中! 繰り返す、本艦に敵影が接近中! 総員、所定の位置につけ!」
キャンベル艦長の声でアラートが鳴らされる。
スネークは先ほどまでの思考を断ち切って、ブリッジへと急いだ。

 To be continued……