第一話 シャア再び Bパート

火星表面。
平坦な荒野が続く火星の大地に、冗談のように大きな山脈がある。
周囲とは異質なその巨大な土くれの頂点に、よくよく見れば顔のような凹凸が存在している。
ゲッター顔面岩。
教科書にも載っている火星の風物のひとつである。
それは20世紀末、恐竜帝国の女帝ジャテーゴが本拠地としていた移動要塞デビラ・ムウと、土台となっていたシベリアの大地、そしてそれらと融合してこの火星へと飛んだ真ゲッターロボの成れの果てであった。
周囲に異常なまでのゲッター線を放射しながら、ゲッターは火星の大地に山脈として鎮座している。
その周囲に点々と存在する施設群。ゲッター線研究の最先端を誇る早乙女研究所の、火星出張所である。

普段は閑静としている研究施設周辺が、今までにない慌しさを見せている。
施設の周りを、高速で飛び回る小さな影があった。
小さい、とは言ってもそばにそびえ立つ巨大な山脈や研究所と比べればの話であって、人間一人のサイズとはまた、比べるべくもない。
白い装甲と完全な人型、身を守る盾と身の丈にあわせたビームライフル
一般的なMMG、ジムとネモである。
二十数体のMMGが、研究所に向けて攻撃を加えているのだ。
遺跡戦争以降に移設されたこの早乙女研究所には、戦闘経験も、自衛のための軍備もなかった。シールドを張ることもできず、無残に攻撃にさらされる研究所。
だが、軍備はなくとも研究所には十分な武器があった。
各研究所から、三機ずつ戦闘機が発進していく。
赤、白、黄、青……
カラフルな外装を持つ戦闘機郡は三機ずつ編隊を組むと、銃口を自らに向けつつあるMMGたちへ向かっていく。
ジムとネモの一斉射撃が始まる。
戦闘機たちは速度を調節し、機体をわずかに傾けたり、垂直に移動して見せたり、驚くべき高機動性で敵の射撃をかわす。
「ゲッターミサイル!」
戦闘機がいっせいに搭載したミサイルを発射した。導弾は地面に激突し、爆煙をあげて敵機の視界をさえぎる。
そのためにほんのわずか、常人には知覚できない、コンマ数秒の間だけジムとネモたちの射撃がひるんだ。そして戦闘機乗りたちには、そのわずかな隙だけで十分だった。
「チェーンジ・ゲッター!」
編隊を組んでいた戦闘機のうちの一機、その背面にもう一機の戦闘機速度を上げて突っ込んでいく。
そのまま追突するかに見えたが、うまく機首をバーニアを収納していたくぼみへと差し込んだ。さらにもう一機が二つ連なった戦闘機の背部に、同じように機首を突っ込ませる。
すると――戦闘機の外装表面は融合するように同一化し、翼だった部分は腕や足へと変形していく。
先頭の機体は機首を変形させ、それが頭部へと変わる。
MMGの原型となったメタルギアが公的に開発されるより以前に、人類が開発した最初の人型ロボット……ゲッターロボである。
最初の一気に続いて、次々と変形していく戦闘機たち。瞬きする間に、六機のゲッターロボが中空から地上のMMGたちを見下ろしていた。
「ゲッタァードリルッ!」
先陣を切ったのは、早乙女研究所が誇るゲッターチームの体長、神隼人が乗るゲッター1である。
すらりとした、細いプロポーション。左腕にペンチのようなパワーアーム。そして細い身体に不釣合いな無骨なドリルを右腕に装備した、地上での運用に特化した形態である。
高速回転するドリルは鋼鉄でできたジムの胴体をやすやすと穿ち、貫き、破壊して四散させた。
何よりも驚くべきは、数十メートル以上も離れていた間合いを一瞬にしてつめたその移動速度である。
動力部を破壊され爆発を起こしたジムを背に、ゲッター1は残りのMMGを睨みつける。
「きさまら、何が目的だ! なぜ研究所に攻撃を仕掛ける!」
隼人は全周波数域で相手に呼びかけるが、返答は銃弾で返された。
「問答無用か……」
隼人の合図で、空中に留まったままのゲッター2たちが腹部からビームを放つ。降り注ぐ光線は、あっという間に三機のジムと二機のネモを沈めた。それでもひるむことなく、MMGたちは攻撃を続ける。
「命がいらんらしいな!」
隼人は再びドリルの回転数を上げ、MMGの大群へと突貫しようとする。
そこへ、けたたましく警報が鳴り響いた。コックピットのモニターに、周辺の地図と策的情報が示される。レーダーは周辺地域に新たに侵入してきた熱反応の存在を告げていた。
新手か――? と眉を潜めた隼人だったが、識別信号は太陽系連盟軍である。
どうやら研究所の放った救援信号をたどって、軍隊がやってきたようだ。
ゲッターのカメラでも確認できるほど近づいてきた。
それはホワイトベース級戦艦、アルビオンだった。
「MMG部隊、全期発進!」
アルビオンの艦橋から命令が下ると同時に、甲板から4機のMMGが降下してきた。
青い装甲と接近戦用のヒートロッドが特徴のグフ。分厚い装甲ながらも大型バーニアで機動性を補い、大型のバズーカを持つドムが二機。そして旧型ながらも汎用性が高く、現場の兵士からの人気も高い、ザクである。
そのザクは通常とは違い、装甲を赤く塗りつぶされ、体長機の証である角が頭部に備え付けられていた。
アフランシ・シャア、専用のザクである。
「数が多い。各機散開して敵の連携を崩せ!」
アフランシは部下に命令を下すと、先に戦闘を始めていたゲッターチームに通信を入れる。
「こちら太陽系連盟軍、マハのアフランシ・シャアだ。これより援護を行う」
通信を入れてきた男の名乗りは、隼人は少なからず驚きと動揺をもたらした。
「アフランシ・シャアとはな……赤い彗星の再来がなぜここに?」
「軍に所属していれば、任地は自分で選ぶことはできん」
「遺跡戦争の英雄なら、もっと活躍の場があるだろう」
「人付き合いが苦手なものでね。嫌われ者の行く場所はここしかなかった」
なるほど――戦場の英雄というものはそういうものかもしれない、と隼人は妙に納得した。
「いや悪かった、こちらゲッターチームの神隼人だ。援護感謝する」
通信で会話を交わす間にも、隼人とアフランシは次々と敵機を撃墜する。
絶大な威力で相手を破壊するゲッター1と対照的に、アフランシのザクはマシンガンとバズーカを使い分けてカメラや動力部、コックピットをピンポイントで狙い打って戦闘力を奪っていった。
力技と技巧による戦闘。二人の戦い方は対照的であった。
「こいつらはいったい何なんだ?」
「おそらくはメタトロンの一派だろう。彼らとの戦闘であのMMGがよく確認されている」
「太陽系連盟の反乱勢力が、なぜ俺たちの研究所を襲う?」
「君たちの乗るその機体が、答えにはならないか」
ゲッターロボを兵器運用するつもりか。当然の考えだが、それにしては攻め方が中途半端だ」
隼人の言うとおり、彼らが本気で研究所を制圧するつもりならこれ以上の大軍勢で攻めてこなければならない。現行のMMGとゲッターロボの性能には、それほどの差があった。
だからこそ、狙われる原因にもなるのだが、ジムとネモの混合部隊20数機ではあまりにも無謀である。
だが、彼らの戦力ならゲッターチームが出動するまでにもっと研究所に被害を与えることもできた。研究所もろともゲッターロボを破壊することもできたのである。
「俺には何か裏があるように感じるがね」
「しかし、目の前の敵を倒さねばこちらがやられる。考えている暇はないぞ」
「ごもっともだ」
その返答と同時に、隼人は最後の一機をドリルで貫いていた。
ドリルに貫かれたネモは最後の力で銃口をゲッターに向けるが、引き金を引くことなく爆散した。
「どうやら終わったようだな」
レーダーとモニターで周囲を確認しながらアフランシがつぶやく。彼のザクの周囲には仲間のMMGが集まってきていた。
「そのようだが、やはり俺は腑に落ちんな」
隼人もゲッターチームと合流し、帰還準備を始める。
その時、アフランシのコックピットに緊急連絡を告げるコール音が鳴った。
「何だ?」
信越しにその音を聞いていた隼人が尋ねる。
「……火星遺跡の研究所から、重要な研究対象が強奪されたらしい。賊は現在、研究所の防衛部隊と交戦中……どうやらこちらは陽動だったらしいな」
「俺たちは噛ませ犬か」
口では軽く言いながら、隼人はやり場のない苛立ちを感じた。
「私たちに侵入者の撃退、追撃任務が降りている。お別れだな」
「ああ……こちらも研究所から連絡が入った。帰還命令だろう」
隼人は研究所からのコールを受け取る。
「おい、ちょっと待ってくれ」
隼人は接近してきたアルビオンに乗り移ろうと、背を向けたアフランシのザクに声をかけた。
「俺たちもあんたらの戦艦に乗せてもらう」
「何?」
「そういう命令が来たんだ。太陽系連盟からの協力要請さ」
「民間の研究施設に軍が協力依頼だと?」
「おかしくない話だろう? ゲッターはMMGと互角以上に戦える戦闘力がある」
隼人はコックピットの中で指を鳴らしながら、獰猛な笑みを浮かべた。
「コケにされたままじゃ、気がすまないところだったんだ」
「しかし……」
「確かに、都合がよすぎる。政府の命令ってのも、誰かの手のひらの内にいるようで気分が悪いのも確かだ。やつらには気の毒な話だが、その分、徹底的にぶちのめしてやる」
「……わかった。もっとも、最初から私に決定権などない。君らが協力してくれるというのなら、歓迎するよ」
「ああ、よろしく頼む」
アフランシは諦めたような笑みを浮かべると、隼人を先導するようにアルビオンの甲板に向けて飛び立った。


第一話 end