SRW 第一話 シャア再び Aパート


「……こちらスネーク。オタコン、聞こえるか?」
薄暗がりの中で、一人の男がぼそぼそと呟きをもらしている。
「オーバー、良好だよスネーク。モニターで確認した。うまく潜入できたみたいだね」
男は一人で喋っているわけではなく、どうやら通信機の向こうにいる相手に話しかけているようだった。しかし、男の格好は通信機を持っているようには見えない。
血液中を駆け巡る体内ナノマシンを利用したバースト通信である。
落とさない、失くさない、壊れない、と三拍子そろった理想的な通信システムだが、体内にナノマシンを注入することは、他人から行動制御を受けることに他ならず、軍内部でも批判の声は高い。
そんな物を使用して任務についているこの男と、それを注入した相手との間には、絶対に近い信頼があるのだろう。


「スネーク、そこは太陽系連盟の遺跡研究機関だ」
暗がりの男に通信で話しかけているのはハル・エメリッヒ。戦略傭兵派遣企業、アウターヘブン兵器開発顧問の職に就く男。しかし、長年の相棒にかかればその呼称はオタコンという不名誉なものとなる。


もっとも、本人はそう呼ばれることを望んでいるようだが。



「火星遺跡……ボソンジャンプを可能にした中央演算装置の安置場所か。ということは、今回のミッションはそれが狙いか?」
そして暗がりに潜んでオタコンと通信するこの男こそ、アウターヘブンにおける最高のコードネーム、スネークの名を冠する兵士である。
「いいや、スネーク。君にはそこで開発されている、太陽系連盟の新型兵器を奪取してもらいたい」
「新型兵器? ここは遺跡の研究機関だろう?」
「表向きはね」
「……裏では別の研究しているということか」
「いや、もともとやっていたボソンジャンプの研究を隠れ蓑に、新型兵器の試作機の設計と開発を行っているようなんだ」
「なるほど、なかなか手の込んだ隠蔽方法だ」
「用途不明の機材や鋼鉄資源を持ち込んでも、怪しまれないところだからね。怪しむ人間がいても実験と研究の二言で済ませられる」
「それで、開発されている新型兵器というのは? やはりMMG(マンマシーン・ギア 汎用人型歩行兵器)か?」
「いや、それなんだが……まぁ見てもらったほうが早いか」
そう言うとオタコンはナノマシンの機能を操作して、眼球の水晶体にビジョンを浮かび上がらせる。
スネークの網膜に投影された映像は、分厚い装甲に覆われた巨大な機動兵器の拡大写真だった。
「これは……?」
「それが新型兵器の写真、待ってくれ今全体図を見せる」
映像が切り替わり、ウィンドウいっぱいに表示されていた巨大な鉄塊の全貌があらわになる。
「……でかいヒヨコだな」
スネークの第一印象はそれであった。
大きく突き出したくちばしの様な突起と、その左右に設置されたビームライト式のセンサーと機銃。巨大な胴体を支えるために、がっしりとしたスライド関節式の二本足。
確かにそれだけ見れば、巨大な鉄の雛鳥に見えた。
「一応言っておくけど、これは未完成の段階だ。プランどおりに完成していれば、左側に大型のシールドと広範囲を探索可能なセンサーレドーム。背面には十六連装の大型ミサイルポッドモジュール。そして右側には最大の特徴であるレールガンバズーカが搭載されることになっている」
「機動兵器というよりは、固定砲座にでもしたほうがよさそうだ。変わったMMGだ」
「それだよスネーク。実はこの機体、MMGじゃないんだ」
「何?」
「見てくれればわかると思うけど、MMGの要件である人型をしていないんだよ」
「じゃあ、こいつは一体?」
「聞いて驚かないでくれ。メタルギアなんだよ」
「何だと?」
「もう一度言うよ。その機体はメタルギアだ」
オタコンの言葉にスネークはしばらく押し黙ってしまった。
「……冗談にしては質が悪い。メタルギアなんてのは、もう歴史の教科書にしか存在しない兵器だ」
「そうだね。僕も悪いジョークだと思う。性能を現行の兵器に並べられるとは言っても、あれはすでに過去の兵器だ。そんな物をわざわざ作る理由は何だと思う?」
「博物館に飾るわけじゃなさそうだ」
「スネーク、そいつは完成して量産ラインに乗った後、地球へ送り込まれることになっているんだ」
「地球? 何を言ってるんだオタコン。地球は絶対平和条約によって、自衛以外の目的で兵器の保持は禁止されている。中でも兵器の象徴である核とMMGの運用は特別禁止されているはずだ」
「そう、MMGはね」
「MMGは……? まさか!」
「そうだよスネーク。その機体はメタルギアだから、条約には抵触しないんだ」
「詭弁だな」
「その詭弁を太陽系連盟とキャスバル評議会議長は通すつもりさ。表向きは地球の平和を乱し、政府機能を破壊したミケーネ帝国とルフィアンの鎮圧のため。しかし、実際は地球を侵略するためだ」
「なぜ侵略だと?」
一方的に決め付けるようなオタコンの口調に、スネークは疑問をはさんだ。
「いいかいスネーク。その機体、メタルギア試作2号機は、核発射を前提とした機体なんだよ」
「核だと!」
「ああ、内通者からの連絡で確認を取った。間違いないことだよ」
「太陽系連盟は絶対平和条約ごと、地球を死の星にするつもりか」
「あのマハを組織した議長だ。それくらいの事はやってのけるだろうね」
「サンクキングダムが黙っていないだろう?」
「それはそうなんだが、現在の状況は複雑でね。ほら、火星にMRASが結成されただろう? 絶対平和を唱える彼らが、不可抗力とはいえ武装戦力を持ってしまったんだ。今のサンクキングダムは政治的な発言力を失い始めている」
「………」
「だからそのための抑止力として、今の僕らがいるんだよ」
「ああ、そうだな。そうだった」
スネークは一度大きくため息をついた。
「スネーク、このメタルギアの実働確認演習が今日行われることになってるんだ。普段は研究施設の地下深くに格納されている試作機だけど、今日だけは上の警備用MMGドックに移動している」
「そこを頂くというわけか」
「その通り」
「しかし、ずいぶん事前情報が詳細じゃないか」
「さっきも言ったと思うけど、依頼主が先に内通者を送り込んでるんだ」
「準備がいいな? そいつもアウターヘブンから?」
「ああ。スパイとして送り込まれた彼がリークしてきた情報を元に、彼にできない任務を追加で僕らに依頼してきたんだ」
「さっきの映像も、その内通者が撮影したのか?」
「そうだけど、どうかしたのかい?」
「いや、写真の下手なやつだと思っただけだ」
その言葉にオタコンも失笑する。
「依頼主は、彼に今後も機密情報のパイプ役を頼むつもりらしい。だから下手な芝居でバレないように、連携は期待しないほうがいい」
「単独任務はいつものことだ。俺は大丈夫だが、そいつがボロを出すのは保障できんぞ」
「大丈夫、彼だってプロの傭兵だよ」
「知り合いか?」
妙に確信を持ったようなオタコンの意見に、スネークが口を挟む。
「君もね」
「そうか。なら、せいぜい顔を見て驚かないよう心の準備をしておこう。うっかり名前でも口走ったら大変だからな」
「それじゃあスネーク」
「ああ、ミッションを開始する」

To be continued